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歴史

毛利元就は大内義隆が陶晴賢に謀反を起こされるのを静観してたの?

2017/08/03

毛利元就というと、大内家、特に大内義隆に従っていたけど、陶晴賢が謀反を起こすときに誘われているんですよね。でも、そこは戦国時代、静観していたみたい。ところで、大内義隆の墓って、最終的には毛利家の領地になった山口にあるとか。どんなところなんでしょうか。

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毛利元就と大内義隆

毛利元就、もともとは安芸の国人だったってことで、元就が生まれたときは、山陰には尼子、山口には大内っていう強大な戦国大名がいました。

当初は尼子に従っていたけど、元就が家督を継いでからは、大内家に従うことに。その結果、尼子とは再三に渡って争っていますよね。

当時の大内家って、すごい勢力っていうのと、海外との貿易で巨万の富を得ていたから、山口は西の京っていわれていたとか。

その名残で、22世紀の現代でも山口市に行くと、当時建立された五重塔とか、雪舟の庭とかがあります。

それでも、大内義興の時代まではまだ良かったのですが、次の大内義隆になってからは、淫靡な生活と歌と踊りに明け暮れていたとか。

まあ、貴族みたいなものですかね。平和な時代だとそれでも良かったんでしょうけど、世は戦国時代。武将たちからは不満続出だったみたい。

ってことで、その家来の陶晴賢が謀反を起こすんだけど、毛利元就としてはねえ。一応仕えている主君は大内義隆だから、本当は通報しないといけないけど、いずれは自分がそこをいただきたいと思っているわけですからね。

ですから、しばし静観。陶晴賢っていうか、当時はまだ陶隆房って名乗っていたけど、隆房からも毛利元就に援軍を要請されていたんですよね。

陶隆房と毛利元就は、尼子攻めとかで一緒に戦っているし、逆に元就の嫡男隆元は、小さい頃大内家に人質にだされているから、大内義隆に恩を感じているし。

ってことで、毛利家もどう動くかっていうのはあったけど、そこは策略家の毛利元就。静観して、自軍の兵を大切にしたみたいですね。

毛利元就と陶晴賢

そんな毛利元就、陶晴賢(この時は既に改名後)とは、厳島の戦いで倒していますよね。

これがあってから、毛利元就は戦国大名への道へ突っ走るわけですが、本当に毛利元就の策略の集大成ってカンジですよね。

大河ドラマとかでも一番の見所でしたし、書物とかでもこれを扱ったものが多いですよね。

見どころや、それまでの準備期間の毛利元就の策略など、本当にほほーってカンジなので、また改めてこれだけで一つの記事しますが、この時陶晴賢は、太り過ぎて逃げるのもやっとだったとのこと。

武闘派の陶晴賢は、若い頃はすごく強かったみたいですが、やはり歳には勝てないってことですかね。

ちなみに、1997年の大河ドラマでは、陶晴賢を陣内孝則が演じていました。中々いい演技でしたよ。


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毛利元就と大内義隆の墓

ところで大内義隆って、そんな訳で陶隆房の謀反で、最後は山口県長門市にある大寧寺っていうところで自刃するんですよね。

山口から逃げ延びて、本当は今の島根の方に行こうとしたけど暴風で行けなくて、行き着いた先が長門市の大寧寺。

そこにしばらく隠れていたけど、どうもダメだってことで、自刃して本堂も焼失したっていう訳です。

が、毛利家がその後長門国も治めるようになってから、再建しています。が、それからもまたまた焼失とかあったみたいで、明治時代には山門とかも倒壊したみたい。

今はまた復活して、平成22年(2010年)4月に歴史資料館「虎渓殿」が開創600年記念事業として開館しています。

そうそう、その開創600年記念事業として、山門再建にかかる費用を6億円と見積っており、現在、再建のための寄付をを募っているってことなので、お近くに行った際は、ご寄付の程を。

もちろん、その境内に大内義隆の墓があります。義隆に従った家来は、最後は50人ぐらいとも言われていますが、彼らも一緒にお祀りしてあります。

なお、この長門市の大寧寺からは、萩も近いし、Youtubeで世界的に有名になった角島も近いので、ぜひ足を伸ばしてもらえればと思います。

長門湯本温泉 湯本観光ホテル 西京


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yorezoの戯言

大寧寺には、ちょうど大河ドラマで毛利元就をやっているときに行きました。毛利元就の旗がたくさんたっていたけど、祀られているのは大内義隆なのにね。

当時角島はまだ橋がなくて、船で渡って1泊して、その後戻ってきて、仙崎とかを回って、大寧寺にも行ったというわけです。

夏でもちょっと涼しいカンジの落ち着いたところなので、夏休みの旅行にもうってつけです。では、良い大内義隆を。

※戦国武将についての記事はこちらにまとめてあります。
戦国武将記事一覧まとめ⇒

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